意志こそが人を自由にする


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 19世紀の哲学者ニーチェは、それまでの西洋思想の価値観を転倒させ、その後の世界の動きに大きな影響力を持った人です。

 彼はキリスト教的な善と悪の観念は、虐げられた者のルサンチマン(恨み)から生まれてきたものであり、これを払拭しなければならないと主張したのです。

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 遡って2000年ほど前、ユダヤ人たちは古代ローマの圧政に苦しんでいました。そこにイエス・キリストが現れ、神の愛を信じ汝の隣人を愛せと説きます。

 人間の弱さをそのままに認め、憎しみの気持ちを捨てさって、多くの人々がキリスト教の信仰に心の拠り所を得てきました。

 ところが、ニーチェはそれが弱者の自己正当化だったと言うのですね。自分ではどうすることもできないという無力感、他者に対するうらみつらみを抱えた者たちが、自分に都合のよい道徳観を作り上げた。

 彼らは弱いこと、利他的であることが善であるとすりかえるのに成功した。しかし、かつてはそうではなく、力強いこと、誇り高く高貴であることが賞賛されていたのだと言うのです。

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 ニーチェは過激な言い方を好みますし、強者の勝手気儘を許すようにも見えるので、危険思想の温床となりやすいのですが、だからといってその洞察の鋭さを無視するわけにはいきません。

 彼が言うには、自分が弱い原因を他に求め、ルサンチマンに身を委ねたとしても何も変わらない、それどころかルサンチマンは人間の生命力、創造力を奪い、生きる悦びから遠ざける。

 人々は自分が発明した道徳に逆に飼い慣らされ、安楽ばかりを追い求めるニヒリズム(虚無主義)に陥ってしまった。

 本来人間は自分の価値を自分で肯定する強さを持ち、たえず流転する世界にあって力強く創造的に生きる存在なのだと主張するのです。

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 ニーチェの警句は今の私たちにも響くものがあります。自分がうまく行かない原因を他人のせい、自分を取り巻く社会や環境のせいにしてはいないでしょうか。

 周囲の環境を勝手に変えることはできない。ならば自分が変わるしかない。自分をしっかり見つめ、これを無条件に引き受けて、自分ならではの生き方を求めましょう。

 幸いなことに、今の日本は歴史上のどの国よりも、ずっと自由で恵まれた国なのですから。
あさのは塾便り::本・映画など | 10:48 AM | comments (x) | trackback (x)

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